こんにちは!(^^)/
今回のテーマは、線形代数を学んでいると頻繁に登場する「トレース($\text{Tr}$)」についてです。
名前は少し難しそうですが、その正体は「行列の対角成分をすべて足し合わせたもの」という非常にシンプルなものです。
この記事では、トレースの定義から、重要な性質、そしてその導出(証明)までをわかりやすく解説していきたいと思います!(^^)!
トレースの定義
トレースが定義されるのは正方行列(行と列の数が同じ行列)のみです。
$n$ 次正方行列 $A$ の各成分を $a_{ij}$ としたとき、トレース $\text{Tr}(A)$ は以下のように定義されます。
$$\text{Tr}(A) = a_{11} + a_{22} + \dots + a_{nn} = \sum_{i=1}^{n} a_{ii}$$
つまり、左上から右下に向かう「斜めの成分(対角成分)」をすべて足し合わせるだけです。
【具体例】
次の2次正方行列 $A$ の場合を考えてみます。
$$A = \begin{pmatrix} 1 & 2 \\ 3 & 4 \end{pmatrix}$$
この行列のトレースは、対角成分である $1$ と $4$ を足すだけなので、
$$\text{Tr}(A) = 1 + 4 = 5$$
となります。

トレースの性質とその導出
トレースを使った計算を楽にするための3つの重要な性質と、その導出を見ていきましょう。
性質①:線形性
行列の和や定数倍のトレースは、それぞれのトレースを計算してから和や定数倍をしたものと等しくなります。
$A, B$ を $n$ 次正方行列、$c$ をスカラー(定数)とします。
- $\text{Tr}(A + B) = \text{Tr}(A) + \text{Tr}(B)$
- $\text{Tr}(cA) = c\text{Tr}(A)$
【導出】
和の対角成分は、それぞれの行列の対角成分の和になるため、シグマ($\sum$)の性質を使って簡単に証明できます。行列 $B$ の成分を $b_{ij}$ とします。
- について:$$\text{Tr}(A + B) = \sum_{i=1}^{n} (a_{ii} + b_{ii}) = \sum_{i=1}^{n} a_{ii} + \sum_{i=1}^{n} b_{ii} = \text{Tr}(A) + \text{Tr}(B)$$
- について:$$\text{Tr}(cA) = \sum_{i=1}^{n} (c a_{ii}) = c \sum_{i=1}^{n} a_{ii} = c\text{Tr}(A)$$
性質②:転置行列のトレースは変わらない
行列 $A$ を転置(行と列を入れ替え)しても、トレースの値は変化しません。
$\text{Tr}(A^T) = \text{Tr}(A)$
【導出】
転置行列 $A^T$ の $i$ 行 $j$ 列成分は $a_{ji}$ です。トレースは対角成分($i = j$)のみを見るため、転置しても対角成分 $a_{ii}$ はそのままの位置に残ります。
したがって、対角成分の和であるトレースも変わりません。
$$\text{Tr}(A^T) = \sum_{i=1}^{n} a_{ii} = \text{Tr}(A)$$
性質③:積のトレース(巡回対称性)
行列の積のトレースは、掛け合わせる順番を入れ替えても値が同じになります。(※ $AB$ と $BA$ がどちらも正方行列になる場合に限ります)
$\text{Tr}(AB) = \text{Tr}(BA)$
【導出】
行列の積 $AB$ の $i$ 行 $j$ 列成分は $\sum_{k=1}^{n} a_{ik}b_{kj}$ と表されます。
トレースは対角成分($i = j$)の和なので、$i$ について足し合わせます。
$$\text{Tr}(AB) = \sum_{i=1}^{n} \left( \sum_{k=1}^{n} a_{ik}b_{ki} \right)$$
ここで、シグマ(和)を取る順番を入れ替えます。
$$\sum_{i=1}^{n} \sum_{k=1}^{n} a_{ik}b_{ki} = \sum_{k=1}^{n} \sum_{i=1}^{n} b_{ki}a_{ik}$$
カッコの中身 $\sum_{i=1}^{n} b_{ki}a_{ik}$ は、まさに積 $BA$ の $k$ 行 $k$ 列成分(対角成分)を表しています。したがって、これを $k$ について足し合わせたものは $\text{Tr}(BA)$ となります。
$$\text{Tr}(AB) = \text{Tr}(BA)$$
※この性質から、$\text{Tr}(ABC) = \text{Tr}(BCA) = \text{Tr}(CAB)$ のように、順番をぐるぐると回す(巡回させる)ことが可能です。
以上3つの性質でした。まとめるとこんな感じです。

トレースと固有値の関係
最後に、行列の固有値とトレースの間に成り立つ非常に重要な定理を紹介します。
定理:トレースは固有値の総和に等しい
$n$ 次正方行列 $A$ の固有値を $\lambda_1, \lambda_2, \dots, \lambda_n$ (重複を含めて $n$ 個)とすると、以下の関係が成り立ちます。
$$\text{Tr}(A) = \lambda_1 + \lambda_2 + \dots + \lambda_n$$
【導出】
※固有値や固有方程式が不安な方はこちらの記事をご参照ください↓

行列 $A$ の固有多項式 $\det(tI – A)$ を考えます。($I$ は単位行列、$t$ は変数)
固有多項式を固有値を用いて因数分解した形と、行列式の定義から展開した形を比較します。
- 固有値による因数分解の形:$$\det(tI – A) = (t – \lambda_1)(t – \lambda_2) \dots (t – \lambda_n)$$これを展開したときの $t^{n-1}$ の係数は $-( \lambda_1 + \lambda_2 + \dots + \lambda_n )$ となります。
- 行列式の定義からの展開:行列 $tI – A$ の対角成分は $(t – a_{11}), (t – a_{22}), \dots, (t – a_{nn})$ です。行列式の定義に従って展開すると、$t$ の最高次の項と次に次数の高い項は対角成分の積からのみ現れます。$$(t – a_{11})(t – a_{22}) \dots (t – a_{nn})$$これを展開したときの $t^{n-1}$ の係数は $-(a_{11} + a_{22} + \dots + a_{nn})$、つまり $-\text{Tr}(A)$ です。
これら2つの $t^{n-1}$ の係数は一致しなければならないため、
$$-( \lambda_1 + \lambda_2 + \dots + \lambda_n ) = -\text{Tr}(A)$$
両辺に $-1$ を掛けて、
$$\text{Tr}(A) = \lambda_1 + \lambda_2 + \dots + \lambda_n$$
が導かれます。

まとめ
今回の内容のまとめです。
定義: $\text{Tr}(A)$ は行列の対角成分をすべて足したもの。
性質①(線形性): $\text{Tr}(A+B) = \text{Tr}(A) + \text{Tr}(B)$, $\text{Tr}(cA) = c\text{Tr}(A)$
性質②(転置): $\text{Tr}(A^T) = \text{Tr}(A)$
性質③(巡回対称性): $\text{Tr}(AB) = \text{Tr}(BA)$
定理: $\text{Tr}(A)$ は、その行列の固有値の和に等しい。
トレースの計算自体は単なる足し算ですが、その性質は行列の計算や証明において非常に強力な道具となります。しっかりマスターしておきましょう!(^^)!
ではまた!

