統計力学における最も基礎的な枠組みが「ミクロカノニカルアンサンブル(小正準集団)」です。
前回の記事で解説した通り、アンサンブルには3つの種類があり、それぞれ「系が外部と何をやり取りしているか」によって使い分けられます。
その記事はこちらになります↓

この記事では、外部と一切のやり取りをしない「孤立系」を扱うミクロカノニカルアンサンブルについて、もっと深堀していきたいと思います(^^)/
ミクロカノニカルアンサンブルの定義
ミクロカノニカルアンサンブル(小正準集団)は、外部環境とエネルギーも粒子もやり取りしない、完全に閉じた「孤立系」を想定した統計集団です。
この系において、マクロな状態を指定する変数は以下の3つに固定されます。
- エネルギー $E$
- 体積 $V$
- 粒子数 $N$
イメージはこんな感じです↓

系が孤立しているため、内部で粒子同士がどのように衝突しようとも、系全体の総エネルギー $E$ と総粒子数 $N$ は常に一定に保たれます。
この $(E, V, N)$ が指定された条件下で、系がとりうるミクロな状態をすべて集めたものが、ミクロカノニカルアンサンブル(小正準集団)です。
等重率の原理
$(E, V, N)$ が固定されているとはいえ、その条件を満たすミクロな状態(各粒子の位置や運動量の組み合わせ)は無数に存在します。
では、系はある瞬間に、それら無数のミクロ状態のうち「どの状態」をとるのでしょうか。
ここで、統計力学を構築する上で最も重要となる根本的な仮定を導入します。
これが「等重率の原理(Principle of equal a priori probabilities)」です。
等重率の原理
マクロな条件 $(E, V, N)$ を満たす、実現可能なすべてのミクロ状態は、どれも全く等しい確率で出現する。
特定のミクロ状態 $i$ が出現する確率を $P_i$ とし、条件を満たす全状態の数を $\Omega(E, V, N)$ とすると、確率は以下のように表されます。
$$P_i = \frac{1}{\Omega(E, V, N)}$$
このように、すべての許される状態に対して確率が一定となるような確率分布のことを、ミクロカノニカル分布と呼びます。
状態数 $\Omega$ の数え上げと位相空間
等重率の原理を認めるならば、私たちが次にすべきことは「条件を満たす状態数 $\Omega(E, V, N)$ を具体的に数え上げる」ことです。
解析力学の視点に立つと、$N$ 個の粒子からなる系の状態は、各粒子の位置 $q$ と運動量 $p$ によって完全に決定されます。
私たちが生きる3次元空間において、1つの粒子はその位置を指定するために3つの座標($x, y, z$)が必要であり、運動量も同様に3つの成分($p_x, p_y, p_z$)を持ちます。
つまり、粒子1つにつき位置と運動量で合計6個の変数(次元)が必要です。
系には粒子が $N$ 個あるため、全体を記述するには $6 \times N = 6N$ 個の変数が必要になります。
これら $6N$ 個の変数をすべて座標軸として張られる空間を「位相空間」と呼びます。
系全体のハミルトニアン(エネルギー)を $\mathcal{H}(q, p)$ とすると、系がとりうる状態は、位相空間内においてエネルギーが $E$ となる等エネルギー面上(正確には、幅 $\delta E$ を持たせた極めて薄いエネルギー殻の中)に存在することになります。

古典力学的には、このエネルギー殻の「体積」を計算することが、状態数 $\Omega$ を求めることに対応します。
ただし、古典的な位相空間は連続であるため、そのままでは「状態の数」という離散的な値をカウントできません。
そこで量子力学的な知見を取り入れ、位相空間の体積をプランク定数 $h$ を用いた $h^{3N}$ で割ることで無次元化し、さらに同種粒子の区別ができないことを考慮して $N!$ で割るという補正が行われます。
説明だけされてもわかりにくいと思うので、実際に例題を解いていきましょう(*^^*)
例題:1次元調和振動子の状態数
位相空間の体積を計算し、それをプランク定数 $h$ で割るという操作が本当に正しいのか、最もシンプルな「1次元の調和振動子(バネにつながれた1つの粒子)」を例に確認してみましょう。
ここでは、特定のエネルギー $E$ の殻ではなく、計算をわかりやすくするために「エネルギーが $E$ 以下となる状態の総数 $\Gamma(E)$」を、古典力学と量子力学の両方から求めて比較します。
古典力学的な解き方(位相空間の面積)
古典力学において、質量 $m$、角振動数 $\omega$ の1次元調和振動子のエネルギー(ハミルトニアン)は、位置 $q$ と運動量 $p$ を用いて次のように書けます。
$$\mathcal{H}(q, p) = \frac{p^2}{2m} + \frac{1}{2}m\omega^2 q^2$$
エネルギーが $E$ 以下であるという条件は、以下の不等式になります。
$$\frac{p^2}{2m} + \frac{1}{2}m\omega^2 q^2 \le E$$
これを数学的に見やすい形に変形します。
$$\frac{p^2}{2mE} + \frac{q^2}{\frac{2E}{m\omega^2}} \le 1$$
これは位相空間($q-p$平面)において、横の半径が $\sqrt{\frac{2E}{m\omega^2}}$、縦の半径が $\sqrt{2mE}$ の楕円の内側の領域を表しています(先ほどの図の水色に塗りつぶされた領域の全体です)。
この楕円の面積 $S$ は、「$\pi \times \text{横の半径} \times \text{縦の半径}$」で求まるため、次のように計算できます。
$$S = \pi \sqrt{\frac{2E}{m\omega^2}} \sqrt{2mE} = \frac{2\pi E}{\omega}$$
古典力学における状態の総数 $\Gamma_{\text{classical}}(E)$ は、この位相空間の面積をプランク定数 $h$ で割ることで無次元化して求めます。
$$\Gamma_{\text{classical}}(E) = \frac{S}{h} = \frac{2\pi E}{h\omega}$$
量子力学的な解き方(エネルギー準位の数え上げ)
一方、量子力学における1次元調和振動子のエネルギーは、連続的な値ではなく離散的な値(とびとびの準位)をとることが知られています。
$$E_n = \hbar\omega \left( n + \frac{1}{2} \right) \quad (n = 0, 1, 2, \dots)$$
(ここで $\hbar = \frac{h}{2\pi}$ です)
エネルギーが十分に大きいマクロな世界($E \gg \hbar\omega$)を想定し、$\frac{1}{2}$ の項を無視して近似すると、
$$E_n \approx n\hbar\omega = n \frac{h}{2\pi}\omega$$
エネルギーが $E$ 以下となる最大の量子数 $n$ を求めれば、それがそのまま状態の総数になります。$E_n \le E$ より、
$$n \frac{h}{2\pi}\omega \le E$$
$$n \le \frac{2\pi E}{h\omega}$$
したがって、量子力学的に離散的な状態を一つずつ数え上げた状態数 $\Gamma_{\text{quantum}}(E)$ は次のようになります。
$$\Gamma_{\text{quantum}}(E) \approx \frac{2\pi E}{h\omega}$$
結論
古典力学で「位相空間の面積を $h$ で割った結果」と、量子力学で「エネルギー準位を直接数え上げた結果」が、$\frac{2\pi E}{h\omega}$ で完全に見事に一致しました。
このように、「古典的な位相空間の体積を計算し、1自由度あたり $h$ で割る」という一見すると強引な操作は、量子力学的なミクロ状態の数を正確に見積もるための非常に理にかなった手法であることがわかります。
ボルツマンの原理と熱力学への接続
状態数 Ω(E,V,N) が求まれば、いよいよミクロな力学の世界からマクロな熱力学の世界へと接続することができます。
その役割を果たすのが、ボルツマンの公式です。
$$S = k_B \ln \Omega(E, V, N)$$
ここで $S$ はエントロピー、$k_B$ はボルツマン定数です。
なぜ「対数(ln)」をとるのか?
ここで、「なぜ状態数 Ω をそのままエントロピーとせずに、わざわざ対数 ln をとるのか」と疑問に思うかもしれません。
これは、熱力学におけるエントロピーの示量性(足し合わせができる性質)を満たすためです。
独立した2つの系 A と B を考えます。
- 2つを合わせた全体(A+B)のミクロな状態数 $\Omega_{A+B}$ は、それぞれの状態数の積になります。($\Omega_{A+B} = \Omega_A \times \Omega_B$)
- 一方、マクロな熱力学量であるエントロピー $S$ は、系を合わせた時に和にならなければなりません。($S_{A+B} = S_A + S_B$)
「掛け算を足し算に変換できる関数」は、数学的に対数関数しか存在しません。
$$\ln(\Omega_A \times \Omega_B) = \ln \Omega_A + \ln \Omega_B$$
したがって、マクロな物理量とミクロな状態数を矛盾なく結びつけるためには、対数をとる形 $S \propto \ln \Omega$ として定義することが、唯一かつ最も自然なアプローチなのです。
熱力学量への展開
エントロピー $S(E, V, N)$ さえ求まってしまえば、あとは熱力学の公式を用いて、あらゆるマクロな物理量を微分計算によって導出できます。
ここで使う「熱力学の基本関係式」がどのように導出されるかを軽く確認しておきましょう。
熱力学の第一法則(エネルギー保存則)によれば、系の微小なエネルギー変化 $dE$ は、系に入った熱 $\delta Q$ と系がされた仕事 $\delta W$ の和で表されます。
$$dE = \delta Q + \delta W$$
可逆過程において、熱はエントロピー変化 $dS$ と温度 $T$ を用いて $\delta Q = T dS$ と書けます(熱力学第二法則)。
また、仕事 $\delta W$ には、体積変化に伴う力学的な仕事($-p dV$)と、粒子数の増減に伴う化学的な仕事($\mu dN$)が含まれます。これらを代入すると、以下の式が得られます。
$$dE = T dS – p dV + \mu dN$$
この式を $dS$ について解き直す(両辺を $T$ で割って移項する)と、次の関係式になります。
$$dS = \frac{1}{T} dE + \frac{p}{T} dV – \frac{\mu}{T} dN$$
一方で、エントロピー $S$ がエネルギー $E$、体積 $V$、粒子数 $N$ の関数 $S(E, V, N)$ であるという数学的な事実に立脚し、その全微分をとると次のように書けます。
$$dS = \left(\frac{\partial S}{\partial E}\right)_{V, N} dE + \left(\frac{\partial S}{\partial V}\right)_{E, N} dV + \left(\frac{\partial S}{\partial N}\right)_{E, V} dN$$
物理的な熱力学の式と、数学的な全微分の式の各項の係数を比較することで、それぞれの物理量が次のように偏微分として計算できることがわかります。
- 温度 $T$: $\frac{1}{T} = \left(\frac{\partial S}{\partial E}\right)_{V, N}$
- 圧力 $p$: $\frac{p}{T} = \left(\frac{\partial S}{\partial V}\right)_{E, N}$
- 化学ポテンシャル $\mu$: $-\frac{\mu}{T} = \left(\frac{\partial S}{\partial N}\right)_{E, V}$
このように、統計力学的な手法で状態数 $\Omega$ を計算して $S$ を求めれば、それを微分するだけで系のマクロな性質がすべて判明します。
5. まとめ
この記事では、ミクロカノニカルアンサンブルの基礎を解説しました。
- 孤立系 $(E, V, N)$ を想定し、ミクロカノニカル分布(等重率の原理)を適用する。
- 位相空間の体積から状態数 $\Omega$ を求める。
- ボルツマンの公式 $S = k_B \ln \Omega$ によりエントロピーを導出する。
- エントロピーの微分から温度や圧力などの熱力学量を求める。
このように、ミクロカノニカルアンサンブルは統計力学の理論的基礎を提供する重要な枠組みです。
しかし、実際の物理系(例えば理想気体)に対して状態数 $\Omega$ を直接計算する際は、多次元の超球の体積を求めるなど、数学的に煩雑な処理が必要になります。
このような計算上の困難を回避し、実用的な解析を可能にするのが、「カノニカルアンサンブル(正準集団)」です。
これは次回紹介します。
ではまた(^^)/~~~

